「今の働き方は、もう限界かもしれない」
そう感じながらも、なかなか一歩を踏み出せない。半年前の私も、まさにそうでした。
正社員を辞めてフリーランスになる。今でこそこの選択に納得していますが、決断には大きな勇気が必要でした。学生時代からずっと、いわゆる「普通のレール」を歩いてきた私にとって、そこを外れることは、想像以上に怖いことだったのです。
それでも私は、働き方を変えることができました。きっかけはいくつかありますが、いちばん大きかったのは、子どもの入院でした。
「当たり前」が、当たり前ではなかった日
2人目の育休から復帰し、仕事にアクセルを踏み始めた矢先のことでした。当時1歳3ヶ月だった下の子が、原因不明の「川崎病」で入院。点滴を固定する装具におびえて泣き叫ぶ姿、泣き疲れて放心する姿は、今でも胸の奥に焼きついています。
幸い後遺症もなく、今は元気いっぱいです。でも、5泊6日の付き添い入院を終えて日常に戻ったとき、私はもう、ずっと見て見ぬふりをしてきた違和感を隠せなくなっていました。
——私は、何のために働いているんだろう。
子どもとの時間を差し出して、仕事に追われる毎日を選ぶのか。それとも、今しかない子どもとの時間を、大切に生きたいのか。
答えは、とっくに出ていました。それなのに私は、「子どもが生まれても産前と同じように働き続けるべき」「キャリアは上げ続けるべき」という、ほとんど洗脳に近い思い込みを抱えたまま、歯を食いしばっていたのです。
「時間」という資産との向き合い方
お金は、働けば増やせます。投資をすれば、資産も育てられます。でも、時間だけは違う。誰にも1日24時間しか与えられていないし、巻き戻すこともできません。
頭ではわかっていたつもりでした。けれど子どもの入院を経て、その意味が、まるで違う重さで迫ってきたのです。
子どもが小さくて手がかかる時期は、長い人生のなかの、ほんの数年。「ママあそぼう」と言ってくれる日も、少しずつ減っていく。その限られた時間を、私は自分のキャリアを優先することで、知らず知らずのうちに削っていました。
家族みんなが健康でいられること。子どもという、かけがえのない存在がそばにいてくれること。当たり前だと思っていたことが、実は奇跡に近いのだと——忘れかけていた自分が、少し恥ずかしくなりました。
「普通のレール」を外れる勇気
正直に言えば、当時いた会社のカルチャーも背中を押しました。家庭とのバランスを取りながら働き続けることに、私は限界を感じていたのです。子育てをしていること自体が、まるでキャリアの足かせのように扱われてしまう——そんな空気から、抜け出したかった。
そうして私は、今いちばん大切にしたいものを優先して生きる、と決めました。それは、子どもとの時間であり、家族との日々です。
どんなに時間をかけても、きっと子どもが大きくなったころ、私は「もっと一緒にいればよかった」と思うのだと思います。その後悔を、少しでも小さくしておきたい。それが、私が働き方を変えた原動力でした。
正解は、きっとひとつじゃない
働き方を変えることだけが、答えではありません。今いる場所で歯を食いしばって働き続けることも、同じくらい尊い選択だと思っています。経済的なこと、家族のこと、健康のこと——抱えているものは人それぞれ違うのだから、たどり着く答えが違って当然です。
ただ、あの入院の日々が私に教えてくれたのは、忙しさに紛れて心の声を後回しにし続けると、いつか本当に大切なものを見落としてしまう、ということでした。「本当はこうしたい」という小さな違和感は、たいてい正しい。私の場合、それを見て見ぬふりし続けた先で待っていたのは、静かにすり減っていく自分自身でした。
だから、もし今あなたの胸のどこかにも、同じような違和感があるのなら。すぐに何かを変えなくてもいい。その声に、ほんの少しだけ耳を澄ませる時間を、持ってみてほしいと思うのです。
私は立ち止まってその声を聞いたことで、ほんの少しだけ、前に進むことができました。あなたが大切にしたいものを、あなた自身の手で選び取れますように。
